jumping JAP flash 2005年11月

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小料理屋 油

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オレ・トランスフォーム17歳

知人とベトナム村巡りしてきたよ。
ここに書くとながーくなるので激割愛。

では、どうぞ。

<焼き物村:バチャン>
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<バチャン:未知との遭遇>
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<チュンセ童子とポウセ童子>
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<日曜、ここは村>
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<かご畑>
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<トム!また教会をサボったのかい!!>
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<ごめんってば!ポリーおばさん!!>
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<24歳/社会科見学>
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<ゴールデンコンビ>
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ああ、こんなに楽しくってイイのかしら?
アタシそう思うわ!

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  1. 2005/11/28(月) 12:53:15|
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馬鹿を観る

前に少し思ったこと。
友達が現役のプロ(何のか忘れたが)に言われたらしい。
「本名で勝負しないんですか?」

うーん。まあオレが言われたんじゃねえから関係ねえんだけど、こんなこと考える人はまあ少なくねえんじゃねえかな?
本気で何かやんのにはそれなりの犠牲を払うべきじゃ?とか、もっと格好つけずに全部をさらけ出せ。とかそんな感じのこと。

んなことねえだろ。
誰に言ってるって訳じゃないけどね。

生きてりゃ美味い飯食ってラクしたかったり、人並みの生活とか、一般的な家庭像とか気に掛かるもんなんじゃねえ?よくわかんネエけど…

今、音楽業界はネットの普及とCD自体の売り上げの低下と過剰に偏った宣伝方法によって基本的には超就職難。
おかげで詐欺まがいのプロダクションが横行したり、捨て駒みたいに人を扱う業界人が大手を振って歩いてたり。…いい人も大勢いるけどね。
それに、まあこの分野だけが音楽的就職口ではないんだけれど、この影響もあってか、まあ生活を維持し続けるにはなかなか大変らしい。

まあそれも覚悟の上で音楽やるんだけど、大手レーベルさんよどうにかなんねえか?その場しのぎはもうすぐ限界じゃネエ?
ゴーストライター使って週一で曲出してみたり、CMやドラマ主題歌にして軽い洗脳やってみたり、打ち込みとシーケンサーでお手軽なポップ作ったり。
本当にいいものが出来たときにソレを判断できる人が減ってくよ?まあ判断できねえのは、そいつの責任だし、色んなシュミってあるけどその片棒担いでんのは確かだろ。
まさに文化の衰退&マニアック化スパイラル。

まあ嫉妬みたいな愚痴はこんなところで、何にもできねえ奴が言っても始まんねえからこんなんやってみる。

1、一個人のたいした意味のない宣伝活動
2、おかんよ。息子の今の状態みれば少しは安心しネエかな?しねえか。
3、こんな写真や本名で覚悟や決意なんか測れねえだろ。
4、酔狂な馬鹿
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へーイ。見てるかい、ティーティ・ウー!/タンクトップ ジュン



  1. 2005/11/22(火) 01:49:26|
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ハチドリル

今日、秋葉原で文学フリマがあったそうな。

<秋葉原>
もはや、「電車男」等に代表される日の丸カルチャーの派生地の一つ。
多様な趣味思考を持つモラトリアムな一大商業スペース。
その影響力の増大ぶりには新宿、渋谷は勿論マスメディアや政界においても存在を無視できないモノとなりつつある。―民明書房著―
(´Д`)

そんな街の一角で、開戦の狼煙を挙げてみたハチドリ商事でつ。
そして、お疲れ様。

5,000キロ離れた場所でコーヒー飲みながらボケーっと本読んでいたよ。
僕はまだ本もグッズも一度も見ていないのが悔しい。
触ってみたい!

だから、ライブのためにも自分のためにも練習頑張っちゃおうかな。

もう一回お疲れ様。

ハチドリル ドリル担当:プノンペンジュン



  1. 2005/11/21(月) 00:24:47|
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No Flash派

「雨だから歩こう」
いつもの店のいつものコーヒーのみに行く。

どうせ雨だから写真とか撮りながら

帰りにデカイ虹がでた。だから撮ってやった。
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あ~、でっけえ



  1. 2005/11/15(火) 23:49:28|
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べトナミック×カンボディズム

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  1. 2005/11/13(日) 22:47:13|
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1カラ10

ただいま。ハノイに帰ってきた。
と、言うことでそろそろキメるか。

「来年3月に日本にかえります。」
一応、仕事の勉強と言葉(ベトナム語と英語)の勉強のためにここハノイまで来ていた、元カレーうどん屋(アルバイト)なわけですが、そろそろ帰ろうかと思います。(悪いねオトン。楽しみにしてたのに)

ベトナム行きの話が出る前は、音楽系の専門学校も終了しておよそ2年ほどで、身から出た貧乏とアルバイトと脱力感に流されて鬱々と無駄な時間をすごし続けていたのですが、いつまでもアルバイトをしてはいられない強迫観念と何度もぶち当たる職業:音楽家の厳しさと胡散臭さに飽き飽きしていたため、突然のキチガイ染みたメールにコトの打開を安直に夢見てしまいましたよ。
当時持ちかけられた話の内容は「いつまでもこんな生活を続けてはいけないだろう。社会勉強とスキルアップ、若いときならではの経験をベトナムでしてみれば?身の振り方を考えるいい機会。」
確かに上記のことは今も変わらず重要に感じる。
東京にいたときはすでに人間の生活ではなく、ゴミ蟲以下の生活してましたからね。
ただし、そのときに僕の言ったことは、ベトナムに行って仕事をし少なくとも半年から一年分のある程度の経済的余裕を作る目的。短期間(1年から3年程でベトナムでの仕事を辞めて日本に帰ってくるつもりであること。帰ってきた後に再び音楽をやり続ける可能性が十二分にあること。を、先方(ベトナムに来るきっかけを与えてくれた人:以下Aさん)に話しておいてもらいたいと…。

この時点で、僕的には仕事そのものをナメた発言で、世界相手に第一線で働く人たちがこんな事を許すはずがないと思ってました。
しかし、事は順調に運びベトナム行の話が固まってきた頃、徐々に雲行きは変わってきたように思います。すべては、はっきりとした意思表示をしなかった僕に原因があるのは明確ですが…。

初めてAさんに会ったのが東京ビッグサイトでのギフトショー。このときにハノイでの生活を色々と気にしていただいたベトナム人の方にも会いました。
そのとき、タバコを吸いに屋外へ出た僕とAさんですが、開口一番「音楽はもういいの?」と聞かれ、まったく予想しなかった(してたのか?)質問にまるで踏み絵のような苦しさの中、色々な人の期待やこの人が自分の力で築いた経験に対する新天地への安直な期待をもった僕の後ろめたさから逃げるように「はい」と答えました。
その後はもうただこの話が別の力で進んでいきました。ここではっきりと自分の考えや話をとことんしなかったことでいろいろな人に迷惑と期待を裏切ったことは自分の責任です。

その後、日本を出て数ヶ月今ではこのベトナム行きは、海外を相手にした輸出入のビジネスの成り立ちと過程を学んで語学を通してもっと自分の意思を表示できるようになり、もし後3年後に日本に帰るのならここで得た知識と経験を持って、人より出遅れた分を取り戻して何かの形にすること(就職?)、というようにだんだんとより具体的に固まりつつあるような気がします。
そして、東京にいたときの生活や、やるべきことすらしていなかった時間、音楽で身を立てることの難しさと辛さ、24歳という年齢は音楽で生活するのに一般で言われるほど楽な年齢ではありません。まさに24という足きりに引っかかる年齢です。実際、今どんなに前向きに僕の知るほとんどの方法を考えても成功した自分に辿りつくシュミレーションは限りなく難しいです。

では、なぜ日本に帰ろうとするのか。
ソレはもうやらないことが苦痛になっていること。やることも苦痛を伴いますが…。人によってはいい趣味として仕事の合間に楽しむことを考えさせてくれる人もいますが、僕は音楽を始めて今までただ一度もソレを職業とせずに満足する気持ちでやったことはありません。
本当にそう思うならもっと必死に練習し努力してやるべきだと思うでしょう。
確かにその通りだと思うし、実際そう思いながらもやらない自分に対して疑いと怒りと無力感にだいぶ焦らされてきました。
1週間、1曲のために睡眠時間を削り何千回も練習してそれでもできなかったり、そのバンドを成功させればプロになれると皆も名前を知るミュージシャンのプロデューサーのついたバンド(詐欺などではなかったのですが、かなりキツイ環境下でした。)のために仕事を休みビラ配りから雑誌の撮影や挨拶周り、練習や前日いきなりの自分たちでの楽器の手配に1週間に1時間しか眠れなかったり。自分のテープの持込や現役のプロの人たちとも多くは無いかも知れませんがツナギを作ったり。
死に物狂いとは行かないのかも知れませんがここに3~4時間は書き続けられるだけネタはありますよ。
それでも到底及びませんでした。

そんな思いをした上で今回考えていることは、商業的に優れた音楽家を目指してその中で人並みの生活に未練を残した前回から、ハノイに来て世界の距離の近さや自分のやりたいことの再確認。商業的な技術では無く。的確な技術の上に目的意識のあるエンターテイメントや芸術性の獲得。をイメージしています。
そのうえで、このままあと3年ここハノイに残ることは給料が出るのか?その金額は日本人としてなのか?、現地の貨幣価値としてなのか?がわからないこと。今ですら遥かに遅い出だしなので3年後にはほぼ自動的に趣味と割り切らざる終えなくなること。そして、ここハノイでは音楽の技術や楽器の流通に関して致命的に遅れてると言わざるを得ないこと。が理由です。
日本に帰るなら僕は、上記した自分のイメージの音楽を今、どこまでできるのか?まったくできないのか?新しくバンドを作りやってみます。ソレと平行してアルバイトでも金を貯めて、おおよそ1年後にはアメリカにでも行って金の続く限り音楽大学のレッスン見学や奨学生制度について聞いたり受けたり、有名音大のサマースクールを受けたり。音楽だけでなく色々なものを見て取り込みたいと思っています。
もちろん日本での営業活動なんかもしますがね。
とりあえずやれることやって駄目ならドボンです。その先は考えてません。考えたら怖すぎて無理ですね。

だいぶ長ぁくなりましたが、こんなところです。もっと日本でやれるんじゃないか?とか今さら何言ってんだ?とか色々あるでしょうが、とりあえず大まかな概要なんで、細かく修正しながらやっていくつもりです。何かコメントがあったらドンドン教えておくれダネ。色々考えていきたいので。

では、チャオ!



  1. 2005/11/10(木) 21:04:41|
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ベトナムって10回言ってみ?…じゃあここは?

お久しぶりの更新でげす。
今日はニートinカンボジアです。
友達のハノイ~カンボジア旅行に便乗中でございます。

そして、旅も最終日を迎えこうしてゆっくりブログなんぞ書いとる訳で御座います。

もともと観光でベトナムに来たわけではないので、色々な物を食い、様々なことをベトナム語で喋り遂にはアンコールワット登頂を果たしました。

この旅は僕に忘れられないモノをくれました。それは…
チョコボール向井並の焼けた肌とボディービルダーのオイル並に光る汗。

ええ…カケガイねえっす。
色んなことがありましたが、書き始めると酔っ払いの説教ぐらいとめどないのでまた後日。

では、ビール飲んでこよ~!!!!!!!



  1. 2005/11/07(月) 23:25:39|
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